2023.11.02
木と人の相互作用、次世代に伝承する正しい知識と確かな技術
まさに秋晴れと呼ぶのにふさわしいこの日、静岡市立両河内小中学校の4、5年生は森林教室のため、学校から15kmほど離れた森を訪れていた。周囲をぐるりと木々に囲まれた広場、赤やオレンジの鮮やかなウェアを着用した林業従事者たち。教室で受ける授業とは違う環境に、18人の子どもたちの目は少しの緊張と好奇心とでキラキラと輝いている。
片平成行さん、有信さん親子をはじめとした清水森林組合の皆さん、森林に関わるプロフェッショナルの方々が、子どもたちに話を切り出す。なぜ森が大切なのか。なぜ動物たちが人里に出てくるようになったのか。自分たちが今できることは何なのか。子どもたちは神妙な表情で聞き入っている。
森にはゆっくり水を貯めてゆっくり水を出す機能があること。木の根っこが土を掴んで土砂崩れなどから生活の安全を守ってくれていること。木々が二酸化炭素を吸収して地球温暖化を防いでいること。動物が住むエリアと人の住むエリアの重なりが広まったことにより、鳥獣被害が増えていること。冬場に山の中に食べ物がなくなると、町にある食べ物を求めて動物たちがやってくるようになったこと。人間が作った森は、手入れをして木を使っていくことで、森の健康的なサイクルを維持できるようになること。
子どもたちはお話を聞いて、きっと様々な思いを巡らせているに違いない。
- 森林教室の様子
子どもたちに伝えることは、観察して考える力を育むこと
お話が終わると、いよいよ数人ずつのグループに分かれて山に入っていく。成行さんが子どもたちを集めて問いかける。
「この大きな傷のある木と、隣にあるまっすぐな木はどっちが健康かな?」
「こっちかな?こっちだよね?」
子どもたちがひそひそと話し合う。
「そうだね、傷のある木は健康じゃないよね。まっすぐな木の方が健康。健康な木を残して、健康じゃない木から伐っていきます。それから元気すぎて自分だけ大きくなっちゃう木はどうだろう?そういう木は周りの木の邪魔をしちゃう。だからそういう木も伐ります。」
周りと揃えて同じように健康な木が育つようにするのが間伐であり、そのために伐る木を選ぶのが選木だということを、子どもたちにわかりやすく伝えていく。伐る木を決めたら、どちらに倒すかを考えて、伐倒方向を決める。伐倒方向を決めたら、ノコギリを入れて受け口を作る。子どもたちも順番にノコギリを引いてみるが、歯が引っかかってしまいなかなかスムーズにはいかない。成行さんがアドバイスしながら話を進める。
「同じリズムでノコギリを引いてごらん。リズムを取るために必要なのが音楽です。どっちの方向に木を倒すか考える時に必要なのが理科の力。受け口を見極めるのに必要なのが算数。受け口は木の太さの大体1/4まで、角度は30~45度と決まっているからね。そして木を引っ張る時に必要なのが体育の力。みんなが学校で習っていることがこの仕事にも使われています。」
次に追い口を作る。この段階から木が倒れやすくなるから注意しなければならない。倒れる時には笛で合図をするそうだ。
「そろそろ倒れてくれるかな?木に聞いてみるからね。」
子どもたちの目の色が変わった。程なくして木は倒れたが、他の木に引っかかってしまった。かかり木の発生である。これはロープを使って牽引するのだそうだ。どういう結び方をするとしっかりロープが結べてすぐに解けるか、どちらに捻ればうまく木に力が伝わって狙った方向に倒せるか、成行さんが説明しながら手際よく準備していく。
「よいしょ、よいしょ!」「よいしょ、よいしょ!」
まるで絵本『おおきなかぶ』のようだ。何度も引っ張って、やっと木が倒れてくれた。子どもたちもホッと一息。
- まるで絵本『おおきなかぶ』のよう
一方、有信さんは木の枝にロープをかけ、立っている木がどのくらい強いのか、ロープを引っ張って子どもたちに手応えを確かめてもらっていた。
「みんなが力いっぱい引っ張ったら、もしかしたら倒れるかな?」
「せーの!」「せーの!」
みんな木との力比べに真剣だ。
「揺れてるけど倒れそうじゃないね。生きている木は根っこでしっかり地面を掴んでいます。だからみんなが引っ張っても倒れないし、台風が来ても倒れないようになってるんだよ。」
こちらはチェーンソーで一気に受け口を作る。追い口にクサビを入れて斧で叩くと、そのたびに木が揺れるのがわかる。みんなでロープを引っ張って、「せーの、よいしょ!」「せーの、よいしょ!」
掛け声をかけて引っ張ると、ドーン!と木が倒れて、拍手とともに「晴れた!」という子どもの声。それまで木の枝や葉で覆われていた空が一気に見えたのだが、それをこれほど簡潔に言い表すことのできる感性に驚く。
「こうやって森の中に適切に光を取り込んであげることで、木がスクスクと成長していきます。」
有信さんは木のてっぺんを50cmほど伐って子どもたちに見せた。
「この木が赤ちゃんの時にはこのくらいの大きさでした。何年も前に植えて、時間が経ってこんなに大きくなりました。じゃあ、この木は何歳でしょうか?」
木の幹を輪切りにして、みんなで年輪を数える。
「いち、にぃ、さん、しぃ・・・・・21歳!」
実は近くに植えられている木は全て21歳の同級生とのこと。
「みんなも同級生の中に大きい子と小さい子がいるでしょ?木も一緒で、同級生でも大きかったり小さかったり、曲がってたりまっすぐだったりします。それぞれに個性があって、同じ木は1本もないんだよ。」
- 木のてっぺんを子どもたちに見せる
子どもたちはもらった輪切りを指で叩いてリズムを取ったり、匂いを嗅いだりしている。輪切りを太陽にかざすと、樹皮の内側部分がぐるりとオレンジ色に透けて見えることに気づいた子どもがいた。
「なんでこんなに綺麗なの?」
「木は地面から水を吸って上に送っていくんだけど、幹の中に目に見えない細い管が通っています。樹皮に近い部分には、水とか栄養を通す管がたくさんあります。だからその部分は光が通りやすくなって透けて見えるんだね。」
「そういえば理科で習った!」
教室での学びと森の中での観察が結びついた瞬間だった。
- 森の中で子どもたちは学んでいく
有信さんは木の枝でヒノキの「ヒノキオくん」、スギの「スギオくん」というおみやげを作って子どもたちにプレゼントしていた。この日、子どもたちは木の手触り、香り、葉の揺れる音、木が倒れた時の振動など、五感をフルに使って様々な手応えを手に入れたことだろう。自分たちで伐採する木を決め、その木を伐り、その変化を感じたことで、今日の体験が子どもたちの中に小さな種子として根付いていくといいなと思う。子どもたちに伝えることは、観察して考える力を育むことでもある。成行さんと有信さんの活動は、もう20年ほど続いているそうだ。
正しい知識を正しく使っていく、そのために
成行さんは現在、日本全国の林業従事者の正しい知識と技術の統一化を推進している。また労災事故の原因究明と再発防止のためにも尽力している。林業関係のテキストの編集、動画のチェック、様々な資格の講習など、骨組みの構築から運用まで旗振り役を一手に担っている。有信さんも技術面でのサポートを積極的に行っている。
- 林業研修の様子
成行さんに、林業との出会いと後継者の育成に携わることになった経緯をお聞きした。
「うちはもともとは農家でした。山も持っていたのですが、専門にやる人がいなくて。それならばということで、林学のある大学に行ったんです。だけど大学を出たからって木が伐れるわけじゃないので、京都は北山杉で有名な北山の北の方(京北町)に3年間、修行に行きました。」
「かつて京都には庄屋制度というものがありました。リーダー(庄屋)がいて、山主から頼まれると技術を持ったメンバーが集められて、チームを作って一斉に山仕事に取り掛かる。その都度チームが変わる場合もあれば、組織されたチームが継続的に行う場合もあります。古風なシステムだけど、労災関連や燃料代など、全て庄屋が面倒を見たのです。そういう庄屋制度の名残りがあるところでしごかれてきました。」
成行さんが修行から戻ったちょうどその頃、県内では枝打ちの指導が始まっていた。京都で修行をしてきた成行さんは大変重宝がられ、指導係を頼まれた。そのうち枝打ちだけでなく、植え付けや下刈り、伐採、機械での搬出など、あれもこれもと指導の領域はどんどん膨らんでいった。
「その頃には自分の山で人を雇って、木を伐って出すようになっていました。みんなレベルの高い人たちだったので、こんな方法を試してみよう、あんな新しい機械が出たけどどうだろう、など丁々発止やったものです。そうすると技術的にもどんどん高まっていくんですよね。」
また当時、関西地方では用途に合わせて様々な長さに切って出荷するのが一般的だったのに対し、県内では4mに統一して出荷するのが主流だった。そういう関西地方の情報を県内で伝えると、ぜひもっと教えてほしいと声が上がった。逆に「静岡にはこんな木があるから、これを活かさないともったいないと思うよ。」と関西地方に伝えると、木材業者たちが視察を兼ねて静岡までやって来るようになった。徐々に地域を越えて知識や技術の交流が行われるようになっていった。
- 父 成行さん
それから30年以上、成行さんは後進を育成するために様々な講義や研修を継続している。県内で若手の林業従事者の教育に携わり、多岐にわたる講義を受け持ってきた。林業を3年間やってきてこれからも本気で続けていきたい人については、必要な資格が取得できるよう講師として学び直しの機会を設けてきた。初めてチェーンソーを使う人には年6回の講習を行っている。今や県内の林業従事者の殆どが、成行さんの講義を受けていると言っても過言ではない。また、緑の雇用事業で死亡事故が起きてしまった場合には、事故原因の調査と抑止のために全国に赴く。
このように『教える』ことに仕事がシフトしていく中で成行さんが大切にしていることはどんなことだろうか。
「まずは正しい知識を得てもらうことです。昔は『谷が違えば伐木の流派が違う』と言われるくらい、木の伐り方ひとつとっても地域によって違いがありました。今は、JLC(日本伐倒チャンピオンシップ)の技術で統一していきましょうと動いています。そして得た知識を正しく使っていくことです。そうすることで、安全性も作業の効率も上がります。結果的に事故が起こる確率を最小限に抑えることにもなるでしょう。」
- 成行さんが研修生に語り掛ける
高所伐採、木の都合と人の都合を聞いて困りごとを解決していく
有信さんが林業の道に足を踏み入れたのは20代の半ば。子どもの頃から山は好きだったし、遊び場も山だった。だが、成行さんと同じ林業の仕事に就くことは考えていなかった。
「親父が木を作ってるから、その木を使ってみたいなっていう思いはありました。だから大工になりたかったんですよ。七夕の願い事にも『大工さんになりたい』って書いていたくらいです。純粋に木とか木製品が好きだったんですよね。それを親も分かっていたから、無理に林業をやれとは言われなくて、親からの圧力はゼロでした。」
大学に進学するタイミングで進路に選んだのが建築学科。そしてその中でも伝統木造建築への道へと進んでいった。大学卒業後は設計事務所に3年ほど勤務した。ただ視力低下や通勤時間の問題などに悩まされた。
「仕事を辞めて家に帰ってきたら、家が林業をやっていたんですよね。これもタイミングかなと思って、ちょっとやってみようと足を踏み入れました。」
これが有信さんの転機となる。
「この世界に入ってみて気づいたのですが、林業の教科書の一番後ろには親父の名前が書いてあるわけですよ。おっ?親父は何者なんだ!?と・・・」
有信さんは、成行さんがそこまで幅広く指導を行っていることを知らなかった。
「実はすごい人だったんだなって、そこでやっと気づきました。それからはずっと親父についてここまで歩いてきました。今となっては、やっと僕も教科書に名前が載るようになったんですけどね!」
- 研修生の質問に答える有信さん
現在、有信さんの仕事は、高所伐採と研修の講師が9割を占めている。高所伐採とは木を根本から伐らずに、ロープクライミングで木に登り、上からその様子を見て少しずつ伐採していく方法である。高所伐採について、巷では「特殊伐採」と呼ばれたりもするが、有信さんは「伐採に普通も特殊もない」という思いから、あえて「高所伐採」と呼んでいる。
「元々は親父が難しい木を伐ることを頼まれたりしていたんですよね。それについていく中で、こういう伐採の仕事もあるんだなということを知りました。最初は素手で登ったり、木に体をくくり付けて登ったりしていたのですが、ある時ツリークライミングというリクリエーションに出会いました。かかり木での事故率が多いこともあって、この技術をしっかり学べば林業にも応用できるなと感じ、正式に中山高志さんの紹介で講習を受けました。そこからは学びと実践の中で技術を磨いてきました。」
- 高所伐採の様子
- 高所伐採の様子
ツリークライミングの発祥の地はアメリカ。樹木医たちの中で確立されてきた技術である。日本のように国土が狭く、高所作業車が入れない市街地や傾斜地に大きな木があるような場所では、有信さんの高所伐採の技術が役に立つ。背が高くなりすぎてしまった庭木、お寺や神社の木、屋根の上の張り出してしまった木など、生活に密着したところからの依頼は数多い。依頼によって対処の仕方も全て異なるため、毎回とても新鮮な気持ちで作業にあたるのだそうだ。高所伐採の技術は数えきれないほどあるが、その中からその都度最適な方法を選択していく。
「作業の方法を決定する時には、何を差し置いても安全が第一です。次に、その方法で確実にトラブルなくゴールできるかどうかです。そして効率よく作業できるか。これらの軸を大切にしながら、最終的に方法を決定していきます。そこに道具の選択が加わってきます。作業に対していかに適切な道具を選べるか、これもケースバイケース。こういうのは通常の伐倒でも同じです。危険を伴う作業なので一か八かというのは絶対にないですし、様々な作業の方法を導き出すためにこちらも引き出しをいくつも用意しているわけです。」
では有信さんが感じる高所伐採のやりがいとはどのようなことだろうか。
「高所伐採の場合、まず第一声で、困っているからなんとかしてくれ、とにかく伐ってくれと言われることが多いわけです。でも、木が嫌われ者になっちゃうのは嫌なんですよね。だから木の都合も聞きつつ、人の都合も聞きつつ困りごとを解決していく。そのすり合わせが腕の見せ所でもあり、やりがいでもありますね。バッサリ伐っちゃうのは楽だけど、剪定を選ぶこともありますよ。」
有信さんは剪定の方が腕が鳴るしおもしろいと言う。
「剪定には技術が必要です。こことここは残す、というように考えるので。一番いい剪定をしたかったら、木にとって傷口が小さいようにすること。それが鉄則。だって木も生きているから。人間と同じでかさぶたが小さいようにしてあげる。木と対話をして、ここならいい?って木の都合を聞くんです。」
それでも注文で「全て伐っちゃってくれ!」と言われることもあるそうだ。その時には、「こんなに立派に育ったのに本当に大丈夫?」「もうちょっと上で伐って、まだそれでも邪魔になるようなら、またその時に言ってくれたらいいですよ。」と折衷案を伝えることもあるそうだ。木を殺してしまうのではなく、生かしながら剪定する。手入れをして、より良い状態で木の命を長生きさせていく。有信さん流の木への寄り添い方を教えていただいた。
切り株はオレたちの名刺だ
「木を伐るのは怖い・・・」
有信さんが取材の最中、ぽつりと放った一言がずっと気になっていた。チェーンソーという、ある意味凶器にもなりうるものを持って木に登っていくわけなので、当然といえば当然なのだが・・・
「ずっと怖いですよ。どこかに不安な気持ちはいつもあります。不安だから慎重になるし、丁寧に作業をする。それを忘れたら絶対にダメだと思っています。今どこを伐っているか、木の硬さとか反動とか手応えを感じられるようでないと。」
作業している中で、手の感覚で木の反応がわかるのだと言う。
「長年やっていればわかるようになります。でもそれにはチェーンソーの刃をいつでも切れる状態にしておくことが必要です。だから道具のメンテナンス、特にチェーンソーの目立ては大事なんです。」
有信さんの車には、たくさんの道具が使いやすいように仕分けされ、整理整頓されて積まれている。チェーンソーなどの道具をメンテナンスしやすいように、荷台の部分もカスタマイズされている。
実際にチェーンソーの目立て作業を見せていただいた。チェーンソーを万力で固定する。歯の部分を目視で確認し、手で触りながら、ここだという箇所を丸ヤスリで研いでいく。それはもう職人技である。
「基本は毎日チェーンソーの刃をチェックして、切れなくなったら必ず目立てを行います。こういうことも教えてあげないといけないんですよね。目立ても自己流が広まっているので。チェーンソーは目立てが命。切れる刃物で仕事をする。料理人さんの包丁がよく切れるのと同じです。」
- 丁寧にチェーンソーの目立てをする
成行さんは「切り株はオレたちの名刺だ」と言っていた。
切り株にはそのまま伐り手の個性が出る。その伐り方、ひき粉の様子を見れば、どのくらいの腕前なのか、どんな流派なのかということまでわかってしまうのだそうだ。
「よく切れるチェーンソーで伐ったほうが切り株が綺麗だし、せっかくなら素敵な切り株を作っていきたいでしょ?」
そう言って有信さんもにっこりと笑った。
成行さん、有信さん親子が共通してエネルギーを燃やしていることは後進の育成だ。若手の林業従事者に正しい知識と技術を伝承していくこと。これからを担っていく次世代の子どもたちに山や木のことを伝えていくこと。人に伝え教えることは、自らが新鮮な感覚を学ぶことでもある。
「みんなが山や木を好きになってくれたらいいなと思うんですよね。でもそれにはプロの自分たちも楽しくやらないと続いていかないですから。」
一生の仕事に『楽しい』という感覚を持って取り組むことができるのも、ひとつのプロ意識ではないだろうか。成行さん、有信さんの周囲から今後どのようなプロフェッショナルが誕生するのか、それもまた楽しみである。
- 目立ての良し悪しは木屑にあらわれる